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間違いを教えられてきた人たち

 先日公開した講座に、既にご予約いただいております。ありがとうございます。
 まず考えられないようなことを教えますが、本当です。
 いち早く毒親ループから脱し、並み以上に良い関係を築いてきたので間違いない方法だと断言します。

 一縷の望みに賭けたい方は開講中講座よりお申込みください。

 成否の逆転。人生の逆転です。
 僕が教える「確実に人とうまくいく方法」は、本当に親しい関係を作れなかった人にとっては「打算的過ぎる」と思えるでしょう。

 「それってズルくない?不誠実じゃないの?」と思えるでしょう。
 いけないことのように思えると予想されます。

 しかし、「それが正しいこと」なのです。

 「従順であることが良い子だと教えるのは、大変危険である。」
 ある異国の精神科医がこう言いました。

 大変危険です。

 良いことをしていると「思いこみ続けていること」が、「不誠実」と呼ばれるものだからです。

 自分が我慢して犠牲を払うことは良いことであり、我慢せずに思うことを言い、やりたくないことをやらないのは「我儘である」。

 これが、嘘なのです。

 我慢させたい親がいたから、それを「良いことであると教えて黙らせた」だけなのです。
 我儘な親が自分の都合を押し通すために、最も簡単な方法があったのです。

 「我儘な方が正しいことにする」

 結果でわかります。本当に良いことをしているならば、良い結果が出てきています。人に好かれて人間関係もうまく行き、必要とされる人になっています。

 そうなっていないのは、自分が正しいと思い込んできたことが間違っているからです。

 我慢した人は「自分は悪くない!」と思い込みます。
 我慢した分そこに憎しみがあり、本当に正しいことを言う人が現れても「お前が間違っている!」と遠ざけてきています。

 憎しみが本当に良いものを遠ざけていくのです。
 だから親を恨むと自分が地獄に落ちてしまうのです。

 親が良い人だからではありません。
 親が間違っているからこそ、恨むと本当に正しいものにたどり着けないのです。

 更に「理由があればやってしまったことは仕方ない」と教えることも危険です。親が言い逃れするために自分自身でやるのです。大人もよくやりますね。子供の方が単純に「ズルい」と思っています。

 やってしまったものは仕方ないが、理由があってもその行いが「良いこと」にはならない。
 他人に許してもらえるかどうかはわからないが、自分自身はやらずにいられない理由があったのだから、自分は自分を許してやるしかない。

 それが正常な思考です。
 そうでなくては、理由がある人に何かを押しつけられたら許し続けなくてはなりません。
 他人は許さなくてもいいのです。
 許すなど、心の問題です。納得できないことを「許せるわけがない」のです。

 理由があってやってしまったならば、結果がどうあっても納得できるのは自分自身だけです。やられた方が納得できるわけがないのです。やられなくてはならない根拠などないのですから。

 根拠のない感情は持てません。
 無理なものは無理なのです。

 子供の方が嘘を見抜きます。まだ怖いもの知らずだからです。
 他人から見てどうこうなど、難しいことを考えていません。

 不安は経験や情報が多くなるほど、偏見と共に増えていくものです。
 子供はまだそんなに経験がありませんから、単純に正しいものを見分けるのです。

 打算的に考えないのです。
 不安に負けると人は打算的に動きます。だから大人の方が打算的になりやすいのです。

 我慢すると親の機嫌が良くなる、を繰り返すことは、「不快な思いをすると、後から快の報酬が発生する」と刷り込んでいくようなものです。
 自ら我慢し始める子になるでしょう。

 それが打算的なのです。

 僕が教えるのは「人の心を本当によく考えるやり方」です。

 打算的を「良いことなんだ」と覚え込んできた人は、不誠実に思えるかもしれません。

 現に、結果が出ている。
 それが全てです。
 議論したところで結果は変わりません。

 うまく行っている人が自分を正しいと思うならばともかく、満足しないのに「これが正しい」と言い張る人がいますが、それこそが「我慢して言う事を聞いているのは良いことである」と教わった人です。

 自由に意志を持ったり、本当に思うことを言ったり、その方が楽に決まっています。
 その自然な状態は「良くないことである」と思い込んで生きているのです。

 それが良いことです。
 しかし、一度その生き方を続けてしまうと、自然に戻るのは「我儘で良くないことだ」と思うので、他人に言われた「正しい良いこと」を続けようとしてしまうのです。

 人は経験がないものを恐れます。如何に今までが不満であっても、「ただ知らないだけ」ではなく「我儘で良くないこと」をするのは怖いのです。

 悪い子を良い子とした親が、子供を不誠実な子に育てます。

 だからこそ、「悪い子になる勇気」が必要なのです。

 僕は学生時代の相棒に感謝しています。

 あいつがいなかったら、僕はあんなに「悪い子」にはなれなかった。

 人間関係がうまく行かない人の本当の敵となっている相手は、「不満どころかなんの問題もないと思えている誰か」です。

 自分をやたら肯定してくれる「いつだって味方の人」が、自分が間違った道を突っ走る手助けをしてくれているのですから。