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気分は工夫

 人生は少しずつ変わるものだなと思います。

 最近の日常の食事は時々写真をアップしています。

近年の食事

 どこにも行けないほど貧しいころの写真がありました。

人生に目標もなかった、随分前の写真

 そんなに貧しそうに見えないと思うんですよ。
 たまたま発見したんですが、あーこの頃はすごく貧しかったなあと思い出します。

 この頃は遊びになんて行けませんでしたし、遊興にお金は使えませんでした。
 この写真のカップとソーサーはリサイクルで100円でした。リサイクルと100円ショップばっかりでしたね。

 お休みの日の朝は、こんな食事をとっていました。

 特に何もできないですから、せめてお休みの日の食事くらい楽しくなるようにと工夫していました。

 貧しいときに真っ先にカットするのは、遊びです。遊興なんてものは、生活してまだ余裕ある貴族みたいな暮らしをする人のものです。

 庶民はどこか遠くに遊びに行って大金を使うなど、そうはできません。

 まずは日常です。日常をしっかりと過ごすことが、生きるにおいて大切なことです。

 生活の乱れの方が、人生をダメにします。
 食事がつまらなくなったら、毎日の生活はつまらないものになります。

 衣食住のうち、食事は最も大切だと思っています。

 贅沢はできなくとも、今できる限りの中で工夫するものです。

 贅沢な暮らしは、その生活ができる人のものです。
 基本、お金がある人は時間がありません。時間がないから金を稼げているし、やることが多いから金をかけて時間をカットし、自分たちで工夫する部分を他人にやってもらうことになります。

 遊びもそうです。パッと行ける金はあるが、工夫して生み出している暇はない。だから他人が作って用意したものを使わせてもらうのです。

ちっとも豪華ではないです

 野菜ばっかりですよね。八百屋さんで安かったんだと思います。
 作れるだけの腕と、工夫するだけの知識や経験があればいいのです。

 豪華ですね。ビールがあるから(笑)

 僕一人ならここまで贅沢にはしていないと思います。この時は一人ではないのでこうしていました。

 一人の時は、僕は時間が惜しいのですぐに終わる食事にしてしまうことも多いです。

 昔の恋人には「インスタントラーメンばっかり食べてちゃだめよ!体壊すわよ!」と叱られましたね。

 この頃転がり込んできていた彼女は高級住宅街に家を構える一般的には普通の家庭の娘だったのですが、僕の家の方が居心地がいいからと住み着いていました。

 精神的にも苦痛でしたが、金銭的にも非常に負担でしたね。
 彼女は家の生活にお金がかかるということすらわかっておらず、一切の家事や炊事をしたことがなかったのです。

 親より大事にしてくれる親がいる、新しい実家を探しているような人でした。

 僕は日々貧しくとも工夫していますから、彼女は「ここにいれば親よりずっと良くしてもらえる」と思っていました。

 親には文句を言えば面倒なことになるけれど、僕には文句を言っても親みたいなことにならない。

 だから安心して文句を言いながら、あれこれ注文をつけつつ家より楽しく安心な暮らしができると喜んでいついていましたね。

 僕にとってはうれしいことなどありませんが、強引に付き合いを始めさせた彼女は「あんた彼氏なんだからさあ」と自分を大事にすることを強要してきました。

 彼女自身は僕が喜ぶようなことは一切しない人でしたが、自分がやったことは「してやったんだ」という態度でした。

 彼女にとっては恋人同士は対等の関係ではなく、片方が支配する主従関係でした。

 こんな恋愛をして結婚したいような人がいるんだなと知りましたね。

 二人とも幸せにならねば結婚してから嫌だなあと僕は思っていましたから、賛同できない考え方でしたね。

 恋人同士ってどんなものか?と考えたときに、それぞれ「素敵な関係」の内容が違います。

 お互いに同等の幸せを得るのではなく、してあげる一方で幸せになる側と、してもらう一方で幸せになる側に分かれている人が多いです。

 どっちの立場が自分であっても困らないのが「平等な関係」ですから、僕は自分がしてあげる程度のことをしてもらえて、自分が考えてあげる程度に相手に考えてもらえれば十分ですね。それ以上は求めません。

 あげた以上に戻ってきたら、相手に損させる関係になります。相手にとってマイナスの関係は相手がやめたくなる関係です。

 好きな人と一緒にいたいならば、相手にとってマイナスになる関係は嫌ですね。

 ずっと続くわけですから、常に平等な関係でありたいです。

 今思うと、親子関係の不満など僕の責任ではありませんし、僕がどうしたところで彼女の親が変わっていくわけではないですから、無駄なことでしたね。

 彼女は最初から最後まで文句しか言いませんでしたから、「これで文句を言われるなら僕にはこれ以上できないな」と思いました。

 僕が一緒にいたがっているならばともかく、向こうが一緒にいたがって始まった関係でしたから、最初からイーブンではないのです。

 要求の通りに付き合って、要求の通りに扱った。それだけでしたね。

 変な女。なんでこんな風になっちゃう人がいるんだろう?とそこが僕の知りたいところでした。

 あらかた分かれば興味も失せます。

 苦労は自分が関心あることがあって抱えられるものですから、知り尽くしたと満足したらもう苦労はしたくないですね。

 変な女だったので、無理やりでも関係を始めたら「この人は説得したから私と付き合いたくなったのだ」と思ったそうです。

 面白いですよね。彼氏は彼女が好きなものだから、という理由なんですよ。後ろ向きなのです。

 嫌々付き合い始めたら、付き合ったところで好きになっているわけがありません。好きな人を扱うかの如く仕方なく扱っているだけです。

 彼女は形に心がくっついているものだと思っていたので、「〇〇なのだから」とよく言っていました。

 「彼氏なのに好きじゃないのはおかしいぞ!」ということです。

 自然にそうなったならばそうですが、それまでの成り行きが不自然なのですからそれで自然です。

 形さえ作れば、あとは形を利用して「言うことを聞かせる」のが彼女の成功する恋愛でした。

 どうして自分の魅力に自然と惹かれてくる人を選ばないのかな?と思いますよね。

 自分に惚れてもない人と付き合っても仕方ないでしょうに。

 変わった人がいますね。
 なので僕は女の方がそんなにロマンチストでもないなと思うんですよ。

 愛されて一緒になることこそ大切、かと思いきや、相手が自分に惚れこんでくるという点を案外気にしない人がいるのです。

 今の自分の魅力に向こうから惹かれてくれないと、恋愛成立しませんからね。

 だからこそ、今は貧しくとも、何ができなくとも、今最大限自分が魅力的であると思えるよう、日々を大切にしていくのです。