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味方とスパイの見分け方

 先生、超わかりやすい見分け方みつけたよ!

 (・Θ・)ほんとー?

 ほんとほんと!

 どういう人は自分の仲間なのか、友達や恋人なのか

 その簡単な区別の仕方

 目の前で言えないことを、陰でも言っていない

 目の前以外で話しているその人のことは、全部バレても全然平気

 関係に支障をきたすようなことは何一つ言ってない

 だって、仲間だからね!

 バレて困るようなこと、見えないところでだって言ってるわけないから!

 嫌なことがあっても目の前で言っているし、陰で言っていることがバレたらこれまでの関係が台無し!そんなこと言ってる人だったの!なんてことはあり得ない!

 それが、仲間です

 まあ…当然自分が仲良くしたい人なんだったらどこで言っていることもバレて困るわけないですけどね

 もし自分が相手の知らないところで話していることが、相手にバレたら「この関係がまずいことになる!相手が驚いて自分を見る目が変わる!」なんてことになるならば

 自分が相手を仲間だと思っていないので、仲良くしなくていいですよ

 「自分が誰を味方だと思っているのか」がわかるだけです

 相手が陰で何を言っているかなんて、自分に選べませんからね

 仲間だったら目の前で口に出せないことは、どこに行っても言わないですよ

 逆に後で言いたくなるようなことなら、陰口叩いてることになりますから相手がどう出るかわからなくとも目の前で言います

 口に出したら自分の人格を疑われる…なんて心配になるようなこと、仲間を相手に考えてもいないですよ

 仲間なんだから

 自分が仲良くしたいんだから

 目の前で言えないことを、陰で言っている人がいるならば

 「自分がこの人と仲良くしたくない」

 ということなので、「バレたらどうしよう!」なんてビビることはありません

 仲間扱いしていないのは自分の方ですから

 相手にも仲間扱いされないほうがいいですよ

 それだと自分が罪悪感持ちますから

 相手はすっかり自分を信用していて、陰で悪口も言わないのに自分が悪口を言っているなんて、そんなことになったら最低なの自分だけになっちゃいますからね(笑)

 陰口叩いている人には、叩かれた方がいいんです

 そして陰口叩いていそうな人がいたら、叩かないほうがいいんです

 相手だけ最低な人に見えますから

 黙っているだけでいいんですよ

 関わりのない他人から見たら、何があったか実際知らないし体験していないので別になんの感情も起きていません

 人間は自分が体験しないと感情なんて起きませんから

 ただの情報で知るだけなので、そこで嫌なことばかり言っていたら自分の方が人格疑われます

 少なくとも、「この人と仲良くしたい」という願望が自分にあるうちは相手のことをどこに行っても悪く言わないことです

 陰口をたたきたくなる時は、それだけ目の前で我慢しているんだということです

 なぜ我慢しなくてはならないのか

 相手が自分に何かを要求してくるから、言うことを聞かなくてはならないのか

 相手だけ満足しているのか

 または、自分が何か隠した目的あって勝手に我慢しているのか

 「好かれたいから我慢する」ということだけはやめること

 「我慢して好きになってやってんだぞ」という知らない人など、ありがたくありませんから

 とっても簡単な区別ですね

 これで自分が誰を味方だと思っていて、誰と仲良くしたがっているのかよくわかると思います

 味方は後で自分が困るようなことは陰でも決して言いません

 仲間ですからね

 仲間が仲間を困らせるようなことを、どこに行ってもしているわけがないのです

 後でバレたら相手が困ることを自分がしているならば、それは自分にとって敵なんだから構わないんですよ
 何か許せない人なんでしょうね

 どうにもそこまでしなくてはならないほど、ひどいことでもされたんでしょう

 そうでないならただのいじめです

 バカにして喜んでいたのでしょうから、楽しくて良かったんですよ

 陰で悪口を言って、相手が自分を信用してくれていたら面白いですよね

 相手のこと嫌いなんですから

 嫌いな人が何も知らずに自分に好意を持って優しくしていたり、自分が八つ当たりしたら心配したり不安になったりしてくれる

 すごく気分がいいですよね

 嫌いな相手ならば

 ムカついている相手だからいじめるわけですから、それ以前にその人に余程ひどいことでもされたのでしょう

 なんにもひどいことをしていない人に、そんな仕打ちなんてしませんから

 相手の今後に打撃になるくらいのことを陰でしているならば、自分の今後に打撃になるくらいひどいことを先にされたんでしょうね

 意味もなくそんなことをしていたら、人間なのかなんなのかわからない人ですよね

 気に入らない人や、殴っても黙っている人を見つけては殴りかかっている暴漢と同じですよ(笑)

 ちなみに僕は、陰口もたたきませんが、その分目の前で言いたいことは言います

 目の前でその時に言われた方がまだマシでしょう

 自分でもあとから実はなんて言われるの嫌ですから

 自分が仲良くしているつもりの時に、相手が知らないところで目の前ではそんなこと思っているなんて信じられない!と思えることを言っていたらどう思います?

 ショックですよね

 自分がやられたくないならやりませんよね

 逆に自分もやっていたら、相手がやっていた時に「最低だなこいつ」と堂々と思えませんよね

 自分もやっているんですから

 味方になんて、ちょっと恥ずかしくてもどこにいる自分が言っていることを聞かれても平気ですよ

 相手を気遣う優しさで何か言わないようにしていたとしても、そもそも相手が言われて傷つくようなことを考えていません

 悪意や敵意がまるでないのが味方ですから

 知ったら知ったで、「そんなに気遣ってくれてたんだ」と相手も感激しますよ

 それが味方ですよ

 味方は自分からなるものですから、他人はともかく自分は誰の味方にもなりたくない人がいますね

 それはそれで、味方いらないんでしょうね

 自分がなるかどうかしか選べませんから

 自分のこと信じてくれる人がいたとしても、自分が陰で悪口言っていたら目の前にいていい気分なんかしませんよね

 騙しているんだとわかっていますからね

 相手のことバカにしますよね

 罪悪感を持たないためには、何か正当化する理由をつけなくてはならないので相手のこと見下すしか一緒にいる方法はないですね(笑)

 そんな面倒な付き合いまでして、疲れることですが

 そんな時には相手にやらせたい何かがあるんですよ

 なんかに利用できるんですよ

 利用できればいいんだから、それでいいんですよ

 味方になりたい!仲間になりたい!と思っている人と

 こいつは使える!こいつを利用すれば目的が果たせる!という人がいますから

 目的の不一致なので仕方ないですね

 自分が何をするかしか決められませんから、何か違う目的がある人はそれなりに根拠はあるんですよ

 もし目的の不一致に気づいたときは

 「あ、この人は本当に仲間になりたい人じゃないんだ!利用したかったんだな!」

 と知ればいいだけです

 他人は知るだけ

 それが理解です

 相手の目的なんかどうあっても変えさせられませんよ

 自分の目的を「この人と仲良くする」から変更するだけです

 利用してくる人がいたら、この人の何かに利用できるところはないかなあと探すだけです

 お互い様の関係にならねば関係が続きませんから

 ただ、相手から利用しようとしてくる人って

 相手が自分を使いたいのと同じような使いどころまずないんですよね…

 この人でなくても構わないとか

 それならこの人以外にもできる人いるよね

 となると

 「できればもっと性格のいい人を選びたいかな」

 となっていきますから、最後にはやっぱり人格ですね

 なんの利点があるにしても、代わりはいくらでもいるのが他人です

 ただ、人格だけは比較して優劣がつきませんから代わりはいないのです

 人格で「この人ともっと仲良くしたい」と思える人の方が少ないですよ

 それぞれいいところがあったり面白いところがあったり

 それなりに仲良くしたいと思うものですが

 特別この人と…

 とまで思える「知らない人」はなかなか出会いませんよ

 そんな人に出会ったらラッキーですから、その時は良い関係になるように頑張りたいですね

 自分がこの人と仲良くしたい!

 と思った人がいたら、最初に書いたように「目の前で言えないことは陰でもどこでも言わない、バレて困ることはどこに行ってもやらない」を守るだけで、相当一緒にいるときの安心感違いますから、守ってくださいね

 そこを自分が守っていないと、相手が自分と仲良くしたがっても仲良くなれませんからね

 「俺が陰口叩いたのは、お前がひどいことしたからであって、言わないでやったのはお前が傷つくからなんだぞ!でも仲良くしたいとは思ってるんだからな!」

 これ、意味わかんないですよね

 気に入らないなら自分から消えればいいだけでしょう

 わざわざ寄ってきて「お前が悪いんだぞ!」なんて言ってくる人、誰が見てもどっかおかしいですよ

 仲良くしたくない!と思いますよ

 普通に

 「この人なんかなあ…」と心の中で思った時点で、避けますよ

 「最初から嫌だと思ってたんだ!」なんて言い出したら、これまでの付き合いのいいところも全部台無しですね

 正体ばれたら仲間だと思っていた思い出は全部覆って終わり

 実は最初から信じてもいませんでした

 ~完~

 皆さんいちいち大げさに考えすぎなところがあります

 どうせ全員知らない人ですから、ひとりと破綻したって大したもんじゃないんですよ

 最初はどうせ全員知らない人だし

 知り合っても知らない人と仲良くなっていっているだけなんですよ

 その付き合いを積み重ねることによって、何かの訓練をして能力を身に着けるように、信頼や愛も実績として残っていくのです

 人間関係だけ、簡単にパッと手に入るなんてありえないどころか、一番難しいものですからね

 僕も数年おきくらいに「こいつなら言うことを聞きそう」と思われて嘘の愛情を山ほど述べられますが、それを本当であることにしておいてあげないと、関係が続かない人もいるんですよ

 そういう人はそういう人で、偽物でもいいから形だけ作らなくてはならない理由が

 「他にある」のです

 他での関係の修正のため、どっかで人に嫌われたり破綻したりしている人なんですよ

 腹いせに知らない人をいじめていないとやり切れない人は、あっちで負けて心でも負けて

 負けに負けを重ねている人ですから

 気の毒な人なんですよ

 心が弱くて自分に負けて、人をいじめて謝らせるなんて

 滑稽な人ですよ

 可哀想に

 心が弱いんですよ

 罵倒されて悪者にされた人が、勘違いして自分が弱いんじゃないかと思い込んでしまうくらいなんですから

 人をやたら罵倒して悪者にしようしようとする人なんて、心が弱くて弱くて、人を傷つける割には自分が傷つくと思ったら大パニックなんですから

 人を傷つけることを平気で口走るのに、自分が傷つくの怖いなんて笑っちゃうことですよ

 傷つけないなら傷つけられませんが、傷つけたら傷つけられるに決まっています

 傷つけられても耐えた人が一番強いんですから

 「お前が言ったことで傷ついたんだぞ!」と怒ってパニックになりながら相手を罵倒するんですよ

 これね

 自分でみっともないと思ったらやめますよ

 僕は自分がこれをやってかっこ悪い、みっともない、相手のせいじゃない、自分のただの弱さだ、と小学生でも思いましたから

 かっこいいと思っていることが違う人なんだな、憧れの対象が全く違う「好みの違い」だと思って、「かっこわる!」と心の中で思っています

 なので、自分が弱いんじゃないか、悪いんじゃないか、なんて悩んでいる人たち本当に強いんですよ

 怒鳴らなくても平気で嫌味を言う人もいますからね

 とにかく「傷つくことがあってムカついたら、相手に嫌な思いをさせる」という戦法です

 傷ついたら、相手に嫌な思いさせてなんのいいことがあるの?

 傷ついた心癒された?

 全然、自分が可哀想に思えてるだけです

 知っていますか

 人のことを罵倒し続ける人って、相手に怒りをぶつけているのに心の中では「なんて自分は可哀想なんだ!」って思ってるんですよ

 え!今自分いじめてるんだよね!

 いじめてるんですけど、いじめている人はそれをやると「悲しい自分の気持ちをわかってもらえる、私の苦しみが伝わる」と思っているんですよ

 いじめたら相手も悲しくなりますね

 伝わったというか、同じ気持ちを味わわせたいんですよね

 自分の気持ちを自分で制御できない人は、同じ感覚を相手にも持ってもらえないと生きていけないんですよ

 だから傷つくたびに一緒に誰かに傷ついてもらわなくてはならないのです

 ただし傷つけるの自分ですから

 嫌われるのも自分です

 皆さん親にやられたと思いますよ

 「こんなにお母さんが頑張っているのに…!」

 と責められたような記憶があると思います

 「お前が悪いんだ!お前がいけないんだ!」

 と言われると、相手が

 「そんなにつらいんだね!可哀想に!」

 と労わってくれることを期待しています

 労わってほしい人のすることか!と思うかもしれませんが

 そうなんですよ

 ただ現実の行動を見れば、もうどういう展開になるかわかりますよね

 嫌われて破綻ですよ

 癒してあげたいどころか、「この人怖い、嫌い」となりますよ

 だから子供も親の気持ちを労わりたいどころか、仕方なく付き合いを続けなくてはならない関係なので「いちいち面倒だから、適当に合わせておこう」となっているじゃないですか

 この「いちいち面倒だから適当に合わせて…」はしかたなく付き合いを続けなくてはならない、身内や機能社会の関係でしか成り立ちません

 機能社会でも嫌ならやめますよね

 だから結局、親子家族だけが残るんです

 家族の中で「一体私たちは、何をしているんだろうか」と冷静に考え出した人だけが、そこから脱していくのです

 もし今やっている人がいても、あまり落ち込まないように

 僕も昔やっていたことがありますから

 早くに気づいて「こんなバカげたこと…」と思いましたから、普通に、なんでもない当たり前のことを当たり前にするようになって、抜け出しました

 傷つくのが怖いうちは、ちょっとしたことでビビるんですよ

 いつもビクビクしてビビっているんですよ

 常に何かに守られていないと目の前で言いたいことも言えない

 弱いんですよ

 そしてそこから出ないで言いたい放題、つまり陰口など叩きながら「こんなに自分は強いんだもんね!」と図に乗るんですよ

 弱いですねえ

 小者ですねえー

 そんな自分を見返して

 「俺はそんな小者になるために生まれてきたんじゃない」

 と自覚すれば、小者は自分でやめますから

 周りのせいにできればそれでいい人は、それでいいなりの人なんです

 周りのせいにできてもそれで良くない人は、それでは許されないなりの人なんですよ

 人には使命がありますが、本人が自分をなんとして扱うかです

 自分がなんのためにどんな人として生きるために生まれたかは、自分が勝手に決めるんですから

 聞かなくてもわかるんですよ

 自分が納得できたら、それが自分に相応しい扱いです

 自分が納得できる人間として自分を扱うだけなんですよ

 他人の扱いに合わせていないことです

 自分が納得できる自分が、与えられた本当の自分ですからね

 他人の納得できない扱いのまま生きていると

 より高く扱ってくれる人の扱いに不満になりますよ

 「だってあの人がこう言ったからなんだもん」とか「頑張ってるのにひどい」とか、自分を低く扱っているときは、より高い価値に扱う人の扱いが不当に感じられますよ

 だって

 もっと価値の低い人間ですから

 もっと甘い判定してくれないと

 自分が仲間になりたい人のことは、知らないところでやっていること言っていること、全部自分のためだと信じること

 それを信じられなくなったら、もう相手の仲間になる資格がないと自覚すること

 相手が自分のことを思ってくれていると信じられなくなったら、もう仲間の資格はありません

 信用できなくなったら、自分は相手と仲良くしようなどと思わないように

 どう努力しても心からの信頼なんて易々生まれません

 自分が相手を信用できなくなったら、相手が信用してくれていてももうおしまいです

 自分にとって苦痛な関係にしかなりませんから

 その関係はあきらめましょう

 自分の心の問題ですから、仕方ないですよ

 相手を信用できないのは自分なんですから

 そんなわけで、自分の味方や自分の価値、確認してみてくださいね