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1ミリも親しくならずに終わる関係

Refresher’s blogの記事、「神経症的恋愛、それは恋愛ではありません」もご覧ください。

 全く親しくならずに終わる関係があります。

 皆さんはなんとなく、声を出して話をしていれば何かの関係が始まっていると思っていないでしょうか?

 その辺のコンビニで店員とちょっと話したら、関係は始まったのでしょうか?

 個人的な人間関係は、そんなに簡単に作られるものではありません。

 何をしたから、友達だ、という決まりもありません。形ある何かで関係が作られるわけではないのです。

 例えば、片方が自分を装って自分を良く見せて、相手を操作しようとしていたとします。

 そうなると、人間関係は始まりません。

 片方だけでもその状態で、どうやって友達になるのでしょうか。

 無理です。言葉は交わしていても、そのやり取りは言うなれば詐欺師との会話のようなものですから、人間関係の始まりではありません。

 まともに会話にならない場合があります。

 気に入らないことがあると、人の発言を変えさせる。

 もし、僕が思うことを言えば、相手が僕を否定するのです。

 「そうじゃなくて、私は~だから。」

 そんな時の発言は例えばこんなものです。

 「俺はお前は~なんじゃないかと思う。」

 これは僕がただ思うことです。それを聞いて相手は僕がどう思っているのか知るだけです。

 しかし、僕の思うことを意図的に操ろうとしていた場合は、「そうじゃない、私はそんなんじゃない。」と言い出します。

 他人を見ていて、接していて、それぞれ思うことはあります。
 感想もそれぞれ違います。他人だからこそ「じゃないかと思う」なのです。

 それでも「私を決めつけた」と大騒ぎする人がいます。

 こうなると、思ったことも言えません。

 普通に親しくなる人は

 「そうなんだ、どうしてそう思うの?自分ではそんな風に見えると思っていないんだけど。」

 なんて感じで、自然に会話が続きます。僕が思っただけですから、相手は僕が思うことを知るだけです。

 それが、相手に関心があるかないかということです。別にこの答えは正解というわけではありません。いろんなパターンがありますが、とにかく「私はそうじゃない!」といきなり不快を露わにするなど、言わせたいことがあるとバレバレです。

 「私の望んだこと以外、思うな。思っても言うな。」

 という圧力でしかありません。

 また、相手がいきなり黙る。返事をしなくなってこっちが一方的に話していることもよくあります。

 そんな時も会話になっていませんから、なんの関係も始まりません。

 どんなに機嫌を直してもらおうとしても、普通に話してもらおうとしても、最初から最後まで変わりません。

 結局、少しでも関係が始まるようにと頑張ってみても、いろんなところに行ったりして時間を多く過ごしているだけで、1ミリも親しくはならないのです。

 関係が全く進まないのに、進まないくせになぜか相手が親しくしたそうなふりをするので時間だけが過ぎていき、全部無駄、という流れです。

 なんの関係もありません。

 「こんにちは、よろしくね」

 そこから始まっていないようなものです。
 一緒にいる時間は、別に一緒にいなくても人づてでもわかるような情報交換だけが行われます。

 目の前にいても直接かかわることはなく、順番に思うことを言ってはそれを品評するような、延々とお見合いの最中か、または学校の試験の最中か。そんな感じの疲れる時間が過ぎていきます。

 ストレスがたまり、しかし頑張っても頑張っても人間関係としては全く成り立たないままです。

 何をしたら普通に喋るようになるのか、と思って一緒にいろんなところに行ってみても、全く普通に話すらしません。

 そんなことを僕は何度も経験したことがありますが、普通に関係が作られていく人の場合は一緒にどこに行く必要もありません。

 普通に会話できるからです。

 本当に親しくなれる相手との関係は、一番安上がりです。

 「この人と接するためにものすごい努力が必要、でも頑張っても全部無駄に終わる。」

 それが神経症者との付き合いだと僕は思っています。実際に、なんだったのか全くわからない、考えていることもわからないけれど、こっちが考えていることも遠慮して言えない。そんなやり取りしかありません。

 いきなり黙ったり、相手の感想すら否定したり、不快を露わにして威圧的な態度を取ったり。

 そんなことをしたら、相手は思ったことを言わなくなります。自分といると緊張します。

 本音を聞きたい人は、そんな真似はしません。

 しかし、相手を操作する人はそもそも本音を聞きたくないのです。だからそれでいいのです。

 人間関係を普通に作っていきたい人と、相手を操作したい人は相容れません。

 そして神経症者は「言うことを聞いてくれそうな人」を選ぶのであって、個人的に接する人のように「この人がそんなことをしたがる人かどうか」の部分に全く関心がありません。

 相手の性格的に自分が期待することをするかどうか、そこを考えないのです。

 命じてやらせるつもりだからです。相手がやりたくなくても、自分が望んでいるならばやりますという人がいいのです。

 要は、命令通りに動く奴隷が欲しいのです。

 しかも、「命じなくても態度で察して自分の望みを叶えようとする人」です。

 素直に本音でコミュニケーションをするようになって、初めて他人との人間関係は始まります。

 始まるだけです。

 その後どうなるかなんて決められることではありません。しかし、関係は始まります。

 1ミリも始まらないのが、支配と服従、妄想を一人で具現化したい人のコミュニケーションです。

 とりあえず、相手が望んでいそうな展開にしないと終わることもありません。しかし望んだ通りにならないと、不満を抱え、離れていきます。

 理想通りでなくては嫌なのです。

 こっちは最初から最後までひとつも理想なんてなかったのですが、一人で夢を見るために相手を使う人は完璧に一人だけの妄想世界にいられないならば、他人とも関わらないのです。

 妄想に付き合い続けてくれる、自分に無関心な他人が欲しいのです。

 ご機嫌を気にしてくれる。自分の機嫌が悪くならないように気を使いつつ、自分が望んでいることが起きている風にし続けてくれる誰か。

 簡単に言えば報酬目当てで演技してくれるような人がいいのです。

 健全に生きる人には理解できません。

 せっかく仲良くなれそうな人に出会っても、最初から相手を操作するつもりでいる、ということがです。

 寂しくないの?

 と思うでしょうね。

 そんなことをしたら、相手と親しくなることはなく、寧ろバカにしなくてはなりません。相手を操作するためには、相手に本音を言えない関係を作らなくてはなりません。

 仮面夫婦のようなものです。

 形だけ作らせるのですから、自分の本音は別の人に聞いてもらわなくてはなりません。

 相手を望んだ通りに動かしても、自分が相手を好きになることもありません。相手もそうです。

 実際には会話さえしていない関係ですから。

 神経症者のコミュニケーションは、常にちょっとずれています。

 迎合、同意、同化。そんなことばかりで、一緒にいると孤独になります。

 それを伝えると「確かに、そんなんじゃ寂しいよねえー」と言います。バカにしているのです。

 当事者が言うことではありません。部外者に相談した時に言われるセリフです。

 決して本人が本人のセリフを口にすることはありません。

 常に「私の観客」のような喋り方をします。

 自己執着が強すぎるのです。私が私を見たい人です。

 私への感想を他人と一緒になって述べたいのです。

 私は私の話をしているのが好きで、他人には興味がないのです。

 本音は口に出して言いません。

 言えません。

 しかしナルシストは、自分を外から見て思ってほしい通りに説明するのです。

 感情を口に出して述べます。私について説明します。

 「今、私がどんな風に感じているか」を説明します。

 だから会話も始まらないのです。

 そんなことは全員があるものなのだから、心の中のことはそれぞれが勝手に感じていればいいだけです。

 それぞれ感じることがあり、普通に会話する。それでいいのです。

 ところが、自分と相手のやり取りを遮ってでも、私が私の説明をしたいのです。

 そして会話は始まることなく、趣味や過去の情報交換のようなものばかりで終わるのです。

 人を操作しようとする人は、自分が正解を知っていますからダメ出しがものすごく多いです。

 他人の言動に「正解」があるのです。勿論相手はそんなこと知りませんしそんなことあるわけないですが、そうではないのです。

 本人が、「こいつを思い通りに動かそう」と決めているのですから、思い通りに動かないと「不正解」になるのです。

 目的に問題があるのです。

 それは毒親と呼ばれるような親が、子供を操作するためにコミュニケーションの時間を使っていたら、親子は仲良くなりません。

 相手を操作しようとする人に訪れるような「本物の人間関係」は存在しないのです。