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洗脳護身術

 洗脳護身術、という認知科学者苫米地英人博士の本を読んでいて、やはりそういうことなんだなと思った。

 精神の世界と、物質的世界を、区別して同時に見ている人と、そうでない人がいる。

 精神世界の戦い、精神世界での格闘技のようなもの。

 そのための護身術が必要なのだと彼は言う。

 元々その能力が高い人がいるという。後から身に着ける場合と、先天的な場合があると言う。
 僕は間違いなく先天的の方だろう。IQが高い人、数学者哲学者、芸術家などに多いそうだ。

 僕は子供の頃、母が憎かった。
 バカにされバカにされ、罵られ罵られ、殴られ追い出され、知らないうちに鞄の中を漁られ、本当に散々な目に遭っていた。

 僕は母を殺していた。

 僕はいつも、脳内で母を殺していた。

 猟奇的とも言える方法で、叫び散らす母を笑いながらなぶり殺しにしていた。

 そうしたことを、他の人はしなかったのではないだろうか。

 怒りは形に出したいが、形に出せない時がある。

 屈辱を味わわせたい、恥をかかせたい、絶望させたい、そんな輩がいる。

 母親が我が子にそんなことをする時もある。

 許せない時は、精神の世界で先に殺す。

 精神の世界では何をやっても自由だ。

 だから心の中で殺す。

 まるで今殺しているかのような臨場感を体感するほどに、鮮明にイメージした世界で殺す。

 母をなぶり殺しにする時、僕は自然と唇の端が上がった。

 父も、母も、学校の友達も、みな脳内で殺していた。

 猟奇的な方法で、異常とも言える残忍な殺し方をした。

 だから僕は精神を保っていられた。

 真面目に毎日優等生をやり続けることに、それで堪えていた。

 「この子たちは殺したくない」

 と思える子たちがいた。脳内でも殺したくない子たち。
 それが「愛ある人々」であった。

 心の中で、自分が良い子になろうとする人は、形の上で現実に鬼のようになっていく。

 嫌味な態度、遠回しな意地悪発言、冷たい扱い、等等。

 それが、「自分に自分を良く見せたい」というナルシストである。

 人を傷つけ、自分はいい気分になる。

 だが、他人に嫌な態度を取れば他人は冷たくなる。

 心の中で悪魔になれない人は、きっと多いのだろう。

 心の中で母を殺していれば、母の前で僕はヒステリーを起こさずに済んだ。

 精神の世界と、物質的世界は同時に存在している。

 その両方を存在させ、バランスを保つのだ。

 物質的世界と同じことが起きている精神の世界を作っていたら、生きてもいけない。

 精神は精神だけ。という世界。
 その世界の分離が必要なのだ。
 分離してその世界をつなぎながら、統合していくことが重要なのだ。

 口では「バーカ」と言いながら、精神の世界では自分を愛してくれる人もいる。

 逆に、口では「大好き」と言いながら、精神の世界では何かを奪おうとしている人もいる。

 物質的なものをそのまま精神の世界だと思っていたら、本当に生きてもいけなくなるのだ。