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僕が人生の後半に幸せになれた理由

 僕が幸せを実感できたのは、子供のお陰だ

 もう自分の人生は終ったのだ

 と諦めた

 結局意気込んで家を出てみても、所詮はこの程度

 あらゆる困難に打ち勝つどころか、ちっとも思った通りにできなかった

 周りのせいではない

 周りの圧力にも自分の不安にも、全て打ち勝っていかねばならなかったのだ

 なんとなく折れてしまった

 自分の人生を生きることを断念し、長いものに巻かれてしまった

 既に結果は出た

 今がその結果だ

 若い頃に思い描いた状況になど少しもなれなかった

 これが自分の実力だ

 それを認めて、諦めた

 「この程度の人間だったのだ」と

 今更何を格好つけることがあるだろうか

 子供に必要なものは愛情だ

 僕が一番欲しかったものだ

 我慢していれば子供を恨むことになる

 だから必要な場面では子供に頭を下げて道を選んだ

 何よりも優先されるべきは子供だ

 甘やかすわけでもない

 指導も必要だ

 「こうしなさい」と言い切ることはなかなかに勇気がいるもので、責任を伴う覚悟が必要だった

 何があっても俺が責任を取る

 その覚悟ができて、楽になった

 これから人生には何が起きるかわからない

 わからないが、どんな時でも必ず逃げずに直面し、乗り越えてみせる

 「もう逃げない」

 この覚悟があって、僕は変った

 背後を見たら子供がいる

 後ろに引けないこの状況が、親を前に押し出すのだなと実感した

 人は守るものがないと弱いままだ

 友人がいて半分、恋人ができて半分

 だが、子供は全てなのだ

 全て守られる存在なのだ

 全てから守るのが親なのだ

 少しずつ育てて行き、少しずつ守らなくてはならない部分が減っていく

 もし、この子がいつか旅立っていく日には、僕はきっと泣くだろうと思う

 一緒にいられるのも今のうちだけなのだ

 未来から今を見てそう考えれば、今を大事にしようと思える

 母も亡くなった

 未来から今を見て接してきたつもりだったが、僕の力及ばず個人的に別の問題を抱えて予定通りにも行かなかった

 家族を大事にしない人は、人の家族も大事にしない

 人が家族を大事にすることを大事にしないのだ

 僕は家族が大事だ

 だから、その他より優先する

 子供が一番優先なのだ

 だから僕はまず、父親であることを最優先して生きていくのだ

 それが以前は絶望的に感じたこともあった

 だが、今やるべきことをきちんと優先している時が、一番充実するのだと知った

 この子がいるから、役目があるのだ

 いなかったら、僕はなんの役目もない

 仕事ならば誰でも職場に入れば役目はある

 だが、人としての役目があるのだ

 僕が死ぬまで役目があるのだ

 必要とされて生きるということが、どれほど幸せなことだろうか

 離婚すればその夫は不要

 役目がなくなる

 先生の時は生徒で無くなれば役目がない

 相互性から成り立つ役目は、自然と作られていく

 その役目は全てその時限りなのに、子供に対しては一生なのだ

 親子という役目だけは、死ぬまで続くのだ

 その役目だけは、必要なのだ

 最初から与えられた役目

 仏教の教えについて考えると、やはり自分を必要とできなかった人に子が生まれるのだろうなと思う

 なんの役目も必要性も感じなくなった人が、自分の居場所を求めた結果なのだろうと思った

 この人生を生きるのは自分なのだと、覚悟して生きれば人は変る

 どうなってもどうあっても、この人生を生きるのは自分なのだと

 人は何かの役目がないと、生きていけない

 自分を必要とした人は自分で役目を決める

 「使命感」があるからだ

 だが、他人に役目をもらって生きなくてはならないと、どうしても何かに従属してしまうのだ

 生きる役目は自分で見出さなくてはならない

 他人にそんなものは決められないのだから