日記, 無料

いま最も注目されているテーマパーク

 いま、僕に最も注目されているテーマパークがあります。

 それは

 東京ドイツ村です。

  場所は千葉県袖ケ浦。

 え!東京じゃないの?!

 そう、東京でもない、ドイツでもない、千葉県袖ケ浦市にあるのです。

 先日は、遂にチバニアンの命名が決定しましたね。おめでとうございます。

 今、最も注目されるべき県。千葉県。
 風は千葉に吹いてきましたね。

 これから全世界の教科書に「チバ」の文字が、正確に言うと「chiba」の表記が成されるのです。学者たちの口からも「chiba」の単語が飛び出すのです。

 白亜紀などと並ぶことになった、「チバニアン」。大変なことです。

 そんな千葉県。東京ディズニーランド以来、千葉でありながら東京の二文字を入れることになんら躊躇いがありませんね。

 その東京ドイツ村は、僕が今最も行ってみたいテーマパークなのです。

チラシです。入手した方に見せていただきました。

 このチラシはドイツ村の紹介が書かれていますが、大変なことに気付きます。

 「東京ドイツ村で和を味わう」そば処 春菜

 東京でもない、ドイツでもない、そして和を味わう「東京ドイツ村」。
 それはつまり、結論として「千葉なのではないか?」という疑問が生まれてきます。

 なんとなく、言葉のマジックに取り込まれているような気分になりますね。

 そして、僕が以前にも書いたと思いますが、最近のやたら頭文字を取った言葉で最も嫌いなもの、BBQ。バーベキューと読みます。

 バカな!ビービーキューではないのか!

 何か得体の知れない危険を感じ、対象がないのに怒りにも近いものがこみ上げたものです。

 しかし東京ドイツ村は違いました。

 「バーベQ」

 どう捉えればいいのかわからない、この中途半端な省略。

 千葉と言う地の底力を感じずにはいられません。

 流れに乗っているようで、乗ってはいない。

 逆らっているようでいて、逆らってもいない。

 カフェテリアでは、「本場ドイツビールやソーセージなど」とあります。
 この「など」が気になって仕方ないのは、僕だけでしょうか。

 寧ろ僕は、「など」の部分に大変重要な何かがあるのではないか、と考えています。

 ちなみに今、東京ドイツ村では「飛び出せ!ピコピコ!ドリームワールド」という名のイベントの真っ最中です。

 「すごいぞ300万の電球!今年も照らしちゃいます!見に来てね☆」

 との煽りからするに、昨年もこのイベントは行われたのでしょう。

 地元の方に聞きました。どのような場所なのかを。

 「何もない。ドイツを期待しないで欲しい。」

 とのことでした。
 東京ドイツ村には、ドイツを期待してはいけない。ならば東京を期待すればいいのか?いやそれは違うと都民である僕は断言します。

 東京ディズニーランドには、みなディズニーの世界を期待します。

 ドイツ村にはドイツの世界ではないのか?
 確かに、わざわざ国内にドイツを作りながら、和を楽しむ理由はない。

 聞けば中は車で移動できる広さだとか。
 サファリパーク的なものなのでしょうか。千葉では猪も出るといいます。そのような危険があるからでしょうか。
 聞けば動物園でしか見ないような鳥がやってくるそうですから、やはり天然サファリパークを期待してのものなのでしょうか。

 僕は残念ながら田舎者でありながら、田舎者ではありません。
 地方者でありながら、城下育ちで大自然をあまり知りません。

 故に、このような場に大変な期待を寄せてしまいます。
 人は知らないものにほど惹かれるものです。

 恐らく、千葉の大自然が全く珍しくない人にとっては、理解できない気持ちでしょう。僕もこのソドムかゴモラかという都市に憧れる気持ちは理解できません。

 しかし、この東京ドイツ村、実は大変高度なテーマパークなのです。

 皆さんは東京ディズニーランドに行けば、「一体どこから行こう!」と目白押しのアミューズメントに目移りしながら周るのではないでしょうか。

 「お土産はどこで買おう!」どころか、「ポップコーンをどこで買おう」と迷ってしまうかもしれません。

 僕が予測するに、東京ドイツ村ではお土産を買うエリアを迷う心配は無いでしょう。

 東京ディズニーランド、ムカつく略称を使うならば「TDL」。
 あの地に入ると、入り口から音楽が流れています。
 自分たちがさも「今楽しい世界で楽しんでますよ」という気分になれるよう、全ての演出が成されています。

 さっぱりウキウキしない人でも、強制的にウキウキさせてしまう効果があります。別に何か嬉しいことがあったわけでもないのに、テンションが高くなる効果があります。

 しかも、どこに行っても実際にはそいつがどこに出てきたなんなのかすらわからない、謎のキャラクターが徘徊していて、彼らには「知らないキャラにも関わらず」存在するだけで人に手を振らせるほどの威力があるのです。

 何がそんなに面白いのかもわからないのに、無意味に全ての表現のテンションを挙げさせる、そのような恐ろしいほど強力な心理効果が生まれています。

 僕は決してディズニーランドを批難しているわけではありません。
 僕は混んでいるところが大嫌いですし、待つのも大嫌いです。
 万が一あの地が全く待たずに行ける空いた場所ならば、何度となく足を運ぶかもしれません。
 僕が千葉に住んでいるならば。

 僕は遠いところに行くのも、嫌いです。面倒くさいです。

 「え!先生新幹線好きなんじゃないの?」

 と思った方がいるかもしれません。

 はい、新幹線も飛行機も、ついでにSLも大好きです。
 僕が好きなものは乗物であって、遠距離移動ではありません。

 乗り物あっての遠距離です。
 しかし、僕は残念ながら電車で行くにしても、京葉線にそこまでの興味がないのです。

 僕にとってもっと珍しい、他の地域の普通列車ならば興味も湧きますが、八丁堀乗り換え程度で乗れるあの京葉線に、そこまでの興味がわかないのです。

 しかし、この東京ドイツ村近辺には、トロッコ列車があるのです。それだけで素晴らしい気分になれます。

 結論から言うと、僕はディズニーは大好きで映画も大好きですし、ディズニーランドの中も楽しいし好きなものは色々ありますが、行くのが面倒で嫌だ、ということです。

 僕が最も好きになれないのは、「強制的に上げられるテンション」です。

 あの場所の魔力はすごい威力があります。
 しかし、実は僕はあの魔力にあまりかからないのです。

 常に、「自分のテンション」でしか動けません。

 するとどうなるか。
 一緒にいる女子と僕のテンションが一致しなくなるのです。

 なぜ女子と限定されているのか。
 それ以外に誰と行くんだ!!あんなところ!!

 友人のひとりが「男同士で行けばいいじゃん」と言いました。
 想像すらしたくありません。

 僕はもう子供ではありません。
 夢を与える側の人間になりました。

 確かに、東京ディズニーランドほどハイレベルなテーマパークは他にないと言ってもいいでしょう。
 しかし、テーマパークがハイレベルなだけに、来る人を選ばないのです。

 つまり「誰でも楽しめる、子供から大人まで安心のテーマパーク」なのです。

 え?だったらいいじゃん。そんなテーマパーク最高じゃん。

 と思いますか?

 確かに、そのような見解も最もですし、一般的な意見と呼べるでしょう。

 しかし、ならば東京ドイツ村は?

 こんなに行く人のレベルを試される場所はないのではないか?と思えるのです。

 聞くところによると、「広い芝生の場所があって、転がるくらいはできる。」のだそうです。

 つまり、東京ディズニーランドと比較してしまったら、何も無いと言えるほど何も無いところなのです!

 そうなると、試されるのは行く人自身のレベルなのです。

 「何も無い、がある」

 この解釈ができる境地に到達した者にしか、このテーマパークを満喫することはできないに違いありません。

 ならば、「有無同然」を悟った僕にとっては正に「最も楽しめるテーマパーク」になるのではないでしょうか。

 何も考えずにそば処春菜に行けば、感動もないかもしれません。

 大体、東京ドイツ村で「和を味わう」と言われても、どういう気分で何を味わえばいいのか、楽しみ方がわかりません。

 ブッダがどんなものでも最高の味に感じたように、内面の境地によってしか楽しむことのできない、ハイレベルなテーマパークなのではないでしょうか。

 幼児でも喜んで楽しめる東京ディズニーランドなど、この観点で考えるならば子供だましです。

 「どう楽しんだらいいのかわからないテーマパーク」

 チラシを見ただけで大変な難所であることは容易に想像がつくのに、実際に行った際には実力を試されるのです。

 「全然楽しくなかった、なんにもなかった」

 という感想は、自らの実力の無さを露見させてしまったも同然なのです。

 かと言って、嘘をついて「超楽しかった!」と口先だけの感想を述べても、それはつまり

「自分には東京ドイツ村を楽しむだけの心理的実力が無かった、と敗北感を味わったにも関わらず、その現実を受け入れることができないため成長を犠牲にしてしまう」

 という退行の行動になってしまうのです。

 僕はこの東京ドイツ村を知り、このように様々なことを考えて天を仰ぎたい気分になりました。

 なぜ、この千葉の袖ケ浦という地に、「東京ドイツ村」なるものが作られたのか…!!!

 なんという凄まじい試練。

 東京なのにドイツかと思いきや千葉!

 この時点でもう荒波が逆巻いているのが目に浮かぶようです。

 いずれ僕はここを楽しみに行くしかない、と考えています。

 現実は確認しなくては、何もわかりません。
 現在はまだ情報を得て僕自身が想像しているだけです。

 しかし、今を生きる力を全力で尽くせば、きっとこの東京ドイツ村での思い出は、東京ディズニーランドで仲間たちとバカ騒ぎをした時以上の思い出となるでしょう。

 神は千葉県に、歴史に刻まれるチバニアンを創り、そして東京ドイツ村を創った…。

 ふれあい動物園的なものもあるという。
 まさか、千葉県民たちは、否、チバニアンたちは、この世界が終わりを告げるとき、この東京ドイツ村から箱舟に乗るつもりなのだろうか…。

 第三次大戦の名も聞こえてきた今、既にそのような準備をしているのならば、侮れぬ、千葉県。

 外部の人間から見ると、突然の落花生率の上がり様に驚く千葉県。

 しっかりとその地を堪能したことは無く、僕もよく知らないのです。

 僕はまだ、ドイツにも行ったことがありません。
 行ったところでドイツっぽいのかどうなのかすら、実体験で検証することは不可能なのです。

 ただ、メディアなどで見た「ドイツなる地」を現実のもののように想起し、記憶と今を比較するほかありません。

 ならば結果、一体僕自身は何を楽しめるのだろうか?

 

 そう考えた時、「千葉を楽しめる」と言えるのでしょう。

 人は認知の世界に生きている。実際には自分自身が単に「千葉を楽しんできた」だけとは知らずに、うっかりドイツを楽しんできた気分にさえなってしまうものなのです。

 是非近いうちに、僕は東京ドイツ村に行きたいと思います。