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バレンタインデーのチョコについて、教えたいことがある

まだ見ぬ女子の友人へ

 君は知っているか。

 チョコは駄目になってしまうことがあるということを。

 今日、僕はあるデパートで人に贈るお菓子を探していた。
 チョコレートのお店では、大きな箱に沢山の種類のチョコが入った商品を売っていた。

 最近、クリスマスも近いのでプレゼント選びを楽しんでいるが、今日はチョコを見てふと思った。

 君は知っているか。
 チョコは駄目になってしまうということを。

 賞味期限があるのだ。
 それが切れたところで、いきなりどうにもならない。
 だが、本当に駄目になってしまうこともあるのだ。

 僕は、過去数回、チョコを駄目にしたことがある。
 贈ってくれた相手には、さすがに言えなかった。

 まさかそんなことになるとは思わなかったからだ。

 バレンタインは、チョコをもらう日だ。
 男にとっては、そうだ。

 誰がくれるかどれだけもらうかはいいとして、とにかく、そういうことが「起き得る」日だ。

 君が女子ならば、意中の人にチョコをあげることがあるかもしれない。

 ライバルがいたら、自分のあげたチョコを食べて欲しいだろう。

 そこで、確実に食べてもらえる方法を教える。

 「小さいものを選ぶ」

 のだ。

 量は少ない方がいい。
 ちょっと食べようかな程度の気分でも、どれを開けようかと悩んだ時に、一番手が伸びやすいから。

 それがちょっと凝ったものであったら、尚良い。
 ちょっと凝っているけど、量は少ない。それが最も良い。

 良い、とは、最も「手に取りやすい」ということだ。

 だから君がもし意中の人にチョコをあげるなら、チョコそのものはささやかなものにした方がいい。
 でかいチョコをあげるより、ちょっとしたチョコとちょっとしたプレゼントにした方が良い。

 色々なチョコを売っていることは、男子より女子の方がよく知っているだろう。

 僕が記憶する中では、大きなものではホールケーキサイズ。
 小さなチョコの詰め合わせは、数十個が二段の重箱みたいなものなど。

 「食べ終わらない」サイズは、よろしくない。

 一度に食べきるサイズが良い。

 そして、僕は結構チョコは好きだと思うが、それでも普段甘いものをあまり選んで食べないため、大量に食べない。

 相手がどの程度チョコを食べそうかも考えた方がいい。
 甘いものを食べられるからと言って、大量に食べるかどうかはわからない。

 そしてそこを考えるまでもなく、「少量なら誰が相手でも確実」なのだ。

 最も重要なことは、「決して説明してはならない」ことだ。

 基本、親切は全てそうだが、プレゼントにしても「なぜこれにしたのか」を説明する、「これがどんなものなのか」の商品説明をするなど、如何にも安っぽい「普段からこんなことしない人ですよ」とバレるあげ方はやめた方がいい。

 ことプレゼントは、その裏の苦労話をしてはならない。
 人に何かをもらっても、「どんなに苦労したか」を話し出してはならない。

 台無しになるからだ。

 モテない奴がやりそうな、典型的なあげ方ともらい方だ。

 普段からバレンタインに何ももらえない、またあげない、そんな人生が透けて見えるようだ。
 異性からプレゼントなどもらわない、あげない。

 異性と素敵な恋愛をしたことがない、そしてたった今、できそうにもない人だとバラしている。

 そのような下手を打ってはならない。

 君のために、こうしてこっそり教えているのだ。

 できる女———いい男を捕まえるいい女は、さりげないのだ。

 さりげなくあげて、黙っている。
 相手のことだけ考えている。

 そして、それに気づかないような男からは黙って離れる。

 だからいい女は、常に選んでいるのだ。

 選ぶ権利がある女は、選べる方法を取っている。

 君は、選ぶ女になれ。

 いい男を捕まえてくれ。

 相手がいい男なら、同じようなことをしてくるだろう。

 自分がやってみれば、黙っていてもわかる。

 「一切の説明なく、バラすこともなく、わかり合える」

 それがいい男といい女のカップルだ。

 「いつか黙ってやり続けていれば、そのうち向こうから気づいてくれる」

 この考えが、駄目女になっていく考え方だ。

 いつか気づいてくれて、向こうから「私がやっていること」をバラしに来てくれる。
 そのために我慢して尽くし続けるのが、ダメ男を捕まえるタイプだ。

 「今まで黙っていたけど、こんなにしてくれていたんだよね?」

 「そうなの!やっとわかってくれたのね!」

 これが、相手を選ばないタイプだ。

 いい女は黙っているが、「お願い気づいて」とは思っていない。
 自分が好きでやりたくてやっている。やって満足している。
 その後の反応に喜んだりがっかりしたりする。

 そして、自分はただ自分がやりたい行動だけをとる。
 向こうに「期待している反応」を要求していない。

 常に、自分がまずいい女であることを優先している。
 自分がいい女になることを断念して、相手にいい男であってくれと求めない。

 「私が一人でも常にいい女になれていれば、それでいい。」

 だから選んでいくのだ。いい女は相手がいなくても、いい女だ。

 それはわかると思う。

 いい女がくっついてくれないと、いい男にならない、なんて男はいない。

 自分をカバーするためにいい男を捕まえても、自分がいい女になるわけではない。
 そして相手をカバーするために付き合いたい男は、「常にカバーが必要な女であれ」と求めてくる。

 つまり、常にできない女であってくれよ、俺が目立てないから、と求めてくるのだ。

 男に縋るような気持ちで相手に好かれようとする人は、自分を見下して優越していないと気が済まない男を捕まえる。

 そうでない男は、捕まらない。

 理解してもらえただろうか。
 今日はとっておきを話しているのだから、是非役立てて欲しい。

 僕はこういうことはわかっていても、人に教えたくない人間なんだ。

 人に教えると、人の自然が変わってしまう。
 僕はわかっていても口出しせず、黙って観察しているのが好きなのだ。

 自分のことは自分で動かしてもいいが、他人のことは他人の自由。
 それが成功でも失敗でも、カッコよくてもみっともなくても、それは僕が思う結論であって、本人にとってそれが成功なのか失敗なのかも他人にはわからないことだ。

 なんのために必要なのかも。

 だから黙って、見ているのが好きだ。
 失敗すると思っても、口出しはしない。本人がやりたいようにやればいい。

 僕も沢山失敗する。
 冗談みたいな経験が沢山あった。

 失敗の方が面白いから、他人にも失敗して欲しい。
 その方が、面白い。

 成功は余程役に立つか、カッコいいか、どちらかがいい。

 どうせ他人は見ているだけだから。
 そして人間は人生において殆ど失敗しかしていないから、できるだけ面白い方がいい。

 君も今まで失敗をしたかもしれない。

 これからは今までよりうまくやって欲しい。

 自分がいい女になるのだ。

 これから年末年始、そしてバレンタインと、イベントは次々やってくる。

 是非楽しい日を過ごして欲しい。

 僕も今年は昨年ほどの余裕はないが、皆へのプレゼントを考えていると楽しい。

 自分で楽しくするのだということを、忘れないでくれ。
 誰がか楽しいことなどしてくれない。用意してくれない。

 自分が楽しい日を過ごしたいなら、そうなるように自分で用意しろ。

 欲しいものを誰かが用意してくれる日など待っていたら、いつまで経ってもいいことなどないぞ。

 令和最初のクリスマス、僕もできればロマンチックに過ごしたいところだが、生憎恋人もいないので、違う趣向になりそうだ。

 BARのマスターでもからかいに行くかな。

 

君の友人 最上 雄基